モア東京ボーカル教室の対談インタビュー

郡 由美先生

郡 由美先生

●音楽をはじめたきっかけ

高校三年生の時四季の「オペラ座の怪人」を観たのをきっかけに、歌を本格的に習いはじめました。 その時に名古屋の四季公演を観て・・私でもクリスティーヌ役ができるだろうと感じたのです。(笑) その日から音大受験に向けて猛勉強!! その後、名古屋二期会を経て、今に至ります。

●講師を始めたきっかけ

妊娠をきっかけに、音楽を辞めようと思っていたのですが・・・「やっぱり音楽のない生活は考えられない!」と思い講師を続けています。YAMAHA音楽教室などで、声楽やリトミックを教えていたので、計10年以上講師は続けています。

●講師業を行う上で、重要視しているところ、意識しているところどのような思いで講師に取り組んでいるか

生徒さん一人一人が生活と音楽を両立できるようにサポートしたいと考えています。 私たちは音楽ばかりで、音楽しか知らない生活を送っていたのです。でも、結婚をして子供が生まれて、初めて普通の人の生活が分かってきました。やはり、バランスが大切ですよね。

●講師を行っていて良かったと感じる瞬間とは?

音楽を楽しんでいる、好きになってきている瞬間がよい! その人が上手い下手ではなく、音楽を楽しんでいることがとてもよいです。 いろんな方に出会えるので、いろんな刺激を受けています。
郡 由美先生

●生徒に伝えたいメッセージ

自分の足下をみてほしい。 練習をすれば、必ず少しは上達をしていきますから、少しずつ上達を実感してほしいです。

●モア東京ボーカル教室の良いところとは

大人が歌をすぐに始められるという環境がとても素晴らしいと思います。 上達を実感しながら、続けられることが良いと感じます。

●近い将来の音楽家としての目標とは・・・

声楽家として・・・ 愛おしい息子との時間を大切にしながら、自身の上達を目指していきたいです。 今でも舞台や本番を踏んで、まだ上達すべきところが見えてきます。それが糧になり、充実感につながります。

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横田 朱乎先生

横田 朱乎先生

●音楽をはじめたきっかけ

姉が3歳からピアノをやっていた関係で、私が1歳の時からピアノがあり、私も3歳の時からピアノを初め・・・ 5歳にはいつの間にか自然にできるようになっていたのです。姉が練習しているのを自然と聴いていたので、私はできるものだと小さいながらに決めていたようです。 「生活の中に音楽があった」のが大きいです。 本当は、ピアニスト、クラシックピアニストになりたかったのですが・・・、 実は私の手は、現在でも小学校1~2年生のサイズで・・・、いくらなんでも無理とあきらめることに。当時、ピアノの音大受験のために習っていた先生に「声楽科を受けたら」と勧められ、本格的に歌をやり始めました。 それも高校3年生の夏のことです。 大学卒業後・・・ 楽器会社でピアノ講師。 最初の5年間 1~2歳児、3歳児コースのリトミックを担当していました。 1週間で70~80名くらいです。 言葉の通じない子供たちにレッスンをした経験がとてもチカラになりました。 その後、独立してピアノの先生や教会で歌うソリストをしていました。 その後、上京。普通に2年間主婦をしていましたのですが・・・。30歳の時にバンドのボーカルにスカウトをされましたのがきっかけで、演奏活動を始めました。それまでは、クラシックしか知らないし、コードもまったく知りませんでした。ですから、毎日、JAZZ・POPSの猛特訓です。 リコーダーという楽器も・・・ リコーダーを中学生時代に本格的に取り組み始めます。当時習っていた作曲家の先生に、ピアノを歌うように弾くためには呼吸を必要とする楽器を勧められ、それを機に、長年、お付き合いをしている楽器です。 その後ピアノや歌と平行して演奏活動を続けています。30代後半で東京芸大でリコーダー奏法をあらためて本格的に学び、「学ぶ事」において遅いということは無いと実感しています。

●講師を始めたきっかけ

当たり前のように、音楽に携わってきたので、きっかけは特にないのです。当たり前のように生活の中にあるというか・・・。講師業は、今年で20年目ですが、長くやってきて良かったと感じています。 素晴らしいお仕事であると実感しています。

●講師業を行う上で、重要視しているところ、意識しているところどのような思いで講師に取り組んでいるか

特に、「音楽をやりたい」と思ってきてくれる方が多い教室は、とてもやりがいがあります。ひとつひとつのレッスンが今の学びなのです。 日々、自分自身の鍛錬と共に、技術力をアップできるように努めるように努力しています。 やはり、自分自身のスキルアップが良いレッスンに繋がると感じております。

●講師を行っていて良かったと感じる瞬間とは?

やはり、演奏や舞台に立っている時に、ステージと観客とが一体になる瞬間 イキを飲む瞬間 感動の時に出てくるエネルギーを感じるのが素晴らしいと感じるのです。 現場が揺れるというか・・・ その醍醐味がよいのです。 横田 朱乎先生

●生徒に伝えたいメッセージ

「音楽のある生活」の「喜び」を感じてほしいのです。 歌のメッセージや音楽のエネルギーや空気を感じることって、とても重要なこと、普段の生活をより充実させてくれるものが音楽だと思っていますので、音楽・歌があると日々の生活の立体感が違うのだと感じるのです。 音楽ある生活が人生における、歩んでいくBGMになるのです。 そして、自分でその音楽を奏でられるのです。 歌って、音楽であり運動に近いのです。 自分のカラダをナガイ時間かけて楽器に仕上げていく楽しさを感じてほしい。カラダが楽器になる瞬間って本当にあるんですよ! 歌って音楽なんだけれども、それだけじゃない価値や感覚があるのです。

●モア東京ボーカル教室の良いところとは

人と人の絆を感じることができるところが、この教室の良いところ。 仲良しクラブというより・・ 人と人の対話ができるのが良い。 講師と生徒の立ち位置は変わらないのですが・・・

●近い将来の音楽家としての目標とは・・・

世界でしょ。 良い曲を書くことです。 曲づくりと質の高いパフォーマンスを粛々とやっていくことです。

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小林 直先生

小林 直先生

●音楽をはじめたきっかけ

「中一でバンドデビュー!」

出身は、北海道の札幌。小学校2年生のときにピアノを習い始めたのが最初です。
ピアノは、そんなに本格的ではなく、「先生のところに遊びに行く」感覚で小学校卒業まで続けました。
歌を始めるきっかけになったのは、6年生のときに本屋さんでジャパニーズポップスの弾き語り本を買ったこと。ピアノの先生に「私、これやりたいです!」と言ったら、先生から「私、歌は教えられないのよ」と言われて・・・。ちょうど中学に上がるときだったので、ピアノのレッスンは一旦そこでやめにして、ポップスの歌を習える教室に通いはじめました。
中学入学と同時にバンド活動も始めました。友人と行ったライブハウスで「ボーカルメンバー募集」の貼り紙を見て、応募して入れてもらえることになったんです。バンドメンバーは全員高校生。いま考えると「中一で、チャレンジャーだったなぁ」と思いますが当時はまったく躊躇しなかったですね。

「音楽漬けの楽しい中高時代」

そこからの中学・高校生活は、ポップスの教室に通いながらバンド活動に夢中になる毎日。バンドでは、家にいるときも家族がいないときを見計らってとにかく歌いまくっていましたね。自分の歌をラジカセで録音して「この声のときは、この身体の感じなんだ!」というのを研究していました。いま思うとちょっと変わった子でしたね。
定期的にバンドでライブ活動もしていました。毎回友人・知人がけっこうたくさん集まってくれて。当時流行っていたリンドバーグやJUDY AND MARYなどのコピーがメインだったのですが、ユキ(ジュディマリのボーカル)を真似て、髪の色を赤や金にしたり、衣装も自分でいろいろ考えたりして・・・楽しかったですね。
曲を作り始めたのは高校3年生のとき。きっかけは、当時付き合っていた彼に振られてしまい大失恋したことでした。「この想いをどうしたらいいかわからない!!」という気持ちを曲にしたんです。これが後にデビュー曲になったのですが(笑)。
この頃から、卒業後の進路についても考えるようになり「専門学校に行って本格的に音楽を学びたい」という気持ちが強くなりました。

「専門学校からメジャーデビューへ~そして現在」

結局、卒業後、音楽の専門学校に入学するために上京。横浜で一人暮らしを始めました。専門学校時代はとにかく曲を書く日々。大手の専門学校だったので、機材・設備が整っていて、恵まれた環境でデモテープを作ることもできました。
専門学校でも先輩たちとバンドを組み、学校外のコンテストに出たり、レコーディングをしたり。2年間、曲作りとレコーディングの充実した時間を過ごしました。
在学中には、レコード会社関係者の方が見に来てくださるライブがあり、そこで声を掛けていただいて、卒業後にメジャーデビューが決まりました。その後、事務所とレコード会社に所属して、丸3年活動することになります。3年を振り返ると・・・大変でしたが本当にいろいろな素晴らしい経験をした時間でした。
メジャーだからこそ経験できた喜びは、自分が作った曲がレコーディングでどんどん「作品」になっていくこと。これには毎回感動していました。ミュージックビデオやジャケット制作も含め、本当に多くの人の力を経て、ひとつの作品ができあがっていく。その過程が本当に楽しいし、ひとつのものを作り上げていく嬉しさがありましたね。
一方で、悩みや迷いがあったのも事実。メジャーデビューすると、20歳の女の子がいきなり「アーティストさん扱い」されてしまうんです。周囲の大人たちが良いことを言ってくれる環境に戸惑いました。自分でできていないことやうまくいかないと思っていることがあっても周囲からは指摘してもらえない。自分では「これは違うな。まだうまくできていないな」と思っても、自分の中に引き出しがないので、どのようにすれば良くできるのかがわからない。そんな想いを抱えた日々でした。
結局、3年間かけがえのないたくさんの経験をさせていただき、フルアルバム1枚とマキシシングル4枚を出しました。その後は、もう少し自由な環境で音楽にチャレンジしてみたいと思い、インディーズで音楽活動を続けました。
こんな経緯でいろいろあった私の音楽人生ですが、現在は、アマチュアとして専門学校時代の友人とユニットを組み、数カ月に一回のライブをしながらマイペースに活動を続けています。

●講師を始めたきっかけ

インディーズでの活動をしているときに、アルバイトで企業(カメラのメーカー)のショールームでの製品説明の仕事をしていました。製品について「わからない人に詳しくわかりやすく説明する」という仕事が自分でも楽しかったし、周囲からも評価してもらえたので、「教える仕事」をやっていきたいと思うようになりました。で、「何を教えるか」ですが・・・自分はやっぱり音楽にもう一度向き合いたいと思ったのです。メジャーの仕事を辞めたときに、「歌を仕事にすることはもうないだろうな」と思っていたのですが、「歌を教える」という仕事に最初で最後の挑戦をしてみようと決意して、ボーカル講師に応募したのが、この職に就いたきっかけです。

●講師をやる上で感じていること

モアのボーカル講師の仕事は、正直言って思っていた以上に大変。マニュアルがないから「これが正解」という型もないんですよね。生徒さん一人ひとりに合わせてレッスンを創っていくことが、大変だしおもしろいと感じています。
講師をやってよかったと思うところは、私がアドバイスしたことを生徒さんが取り入れてくれて「こうすれば声が出るんだ!」と体感する瞬間に立ち会えること。毎回、レッスンでは生徒さんが何かをつか小川内直先生もうとする想いが伝わってきます。

●生徒に伝えたいメッセージ

上手い下手よりも、「その人らしく」歌えるのが一番。自分らしく歌を楽しんでほしいです。
自分で「何かをつかもう」という気持ちがあればあるほど音楽は楽しくなるので、積極的にレッスンに臨んでくださいね!

宮﨑 達也先生

宮﨑 達也先生

●音楽をはじめたきっかけ

物心ついた時から音楽が大好きでした!

地元の鼓笛隊に入って小太鼓を叩いたり、ファイフという横笛を吹いたりしていました。中学、高校と6年間、ブラスバンドに入ってトランペットを。高校2年生の時に、進路を決めますよね?その気持ちは、今でも良く覚えています。「えっ!もう決めなきゃいけないの?」って(笑)
子供が好きだったので、小学校の先生にでもなろうかなぁ‥‥と思っていた高3の夏、私の運命が変わりました!
ある女の子とお付き合いしたのですが、その子は、歌がうまくてドラムも叩けて、演劇もうまいという、スーパースターのような子でした! それまで、全くRock、Popsに触れていなかった私は、その子に洗礼を受け、一気に路線変更しました(笑)
高校卒業後、プロになるためのバンドを組む為に、音楽専門学校へ進学。専門学校時代は本当に楽しかったですね。その頃の仲間は、今でも、よく一緒に仕事をします。

歌に目覚めたきっかけ

小学生の時です。
音楽の授業のテストで、一人ずつ前に出て歌った時です。私が歌った時、先生の反応は「うん」の一言。その後に、運動も出来て、成績もトップ!みたいな、ドラえもんでいうところの出木杉くんのような子の番でした。その子が歌い終わった瞬間、「素晴らしい!ウィーン少年合唱団に入れるよ!」と、大興奮!!その時ですね(笑)絶対に上手くなってやる、と、心に決意しました。
今でも、大事にしている思い出です。

●講師(ボイストレーナー)をはじめたきっかけ

母校の音楽専門学校に、オリジナル曲を演奏する授業のホストバンドのギタリストとして招かれたのが最初です。Vocal科卒なんですけどね(笑)余談ですが、ギタリストとしても、プロとして活動しています。で、そのバンドをやりつつ、Vocal科の講師も、やりはじめました。

●講師(ボイストレーナー)をはじめて今に至るまで、変わったこと

実際に自分自身がやっていたことのメカニズム(Vocalという楽器のメカニズム)をちゃんと知るようになりましたね。例えば、無理がある発声をしたりすると、次の日に同じことができなかったりして、歌うのに支障が出てきます。そこで、「どういう原理で声が出るのか?」を考えるようになるわけです。調子がいい時と悪い時は何が違うのか。ハードなことをやることによって、どういうダメージがあるのか、ダメージの減らし方は?など。私が最初に習ったのはオペラの発声でした。ロック、ポップスの発声とは、やはり違います。ですが、基本は一緒です。正しい発声(効率の良い発声)を使って、いかに自由に出したい声を出せるようになるか?ということです。無理した声を出したいのならば、そのダメージを、いかに軽減するか?というように、本などには書いていない、沢山の事実を自分自身で実験、実感し、成果のあったものを、生徒達と一緒に体感する事によって、更に理解が深まりました。
また、プレイヤーとしてだけではなく、作詞、作曲、編曲など制作もやるようになり、音楽をもっと多面的に見られるようになりましたね。改めて、音楽って素晴らしいな!と、思うようになりました。それによって、自分自身が音楽をやるのではなく、音楽によって、自分自身が音楽をさせてもらっているという感覚になってきています。30代に入ってからですかね~。

●ボイストレーナーをしている上で重要視していること

教えることは文化の継承だと思っています。先人から受け継いだものを次の世代に伝える、その時に自分の大事だと思うエッセンスをなるべく劣化なく渡すということを重視しています。それはプロ志向の方に対してもアマチュア志向の方に対しても変わりません。受け取る生徒さんがオリジナルに近い形で受け取ってもらえるように。プロを目指している方にも、趣味で楽しく歌いたいという方にも、私のレッスンのやり方は変わらないですね。音楽の素晴らしさを伝えるだけです。ただ、渡し方が変わります。プロになろうという方には、音楽という文化の継承者としての自覚と共に、プロとしての力量を培っていただきます。趣味の方には、音楽の楽しさや、喜びをお渡し致します。ご自身がすごく楽に声が出せたり、ワーッ今すごくいい声が出た、すごい!と、喜んでくれることが、私自身にとっても、とても嬉しい事です。宮崎達也先生

●生徒に伝えたいメッセージ

「誰にでも歌える歌だからこそ、誰にも歌えないあなただけの歌を!」。一人一人の身体が、世界で一つだけの楽器です。それをプレイできる人は、あなただけです!

土屋 絢子先生

土屋 絢子先生

●音楽をはじめたきっかけ

母が音楽好きだったことが影響しています。家にエレクトーンがあったので、2歳くらいからさわっていましたし、音楽教室にも2歳か3歳から通っていました。物心ついたときから音楽は身近な存在でしたね。小学校時代は地元の合唱団に入って活動するとともに、ピアノのレッスンにも力を入れていました。こんな環境だったので小学校卒業時には自然に「将来は音楽を本格的にやりたいという気持ちになっていました。 中学校入った時点で、音楽科のある高校進学をめざして声楽のレッスンを始めました。ピアノでなく声楽に進んだのは、中学2年のときに高校の音楽科の模擬授業に参加したことがきっかけです。当初はピアノ科に進むつもりだったのですが、その高校の歌の先生に「あなた歌のほうが向いているから歌にしなさいよ」と言われたのです。自分でも実はピアノよりも歌のレッスンのほうが楽しいと感じていたこともあり、その先生の言葉を素直に受け止め声楽に進むことにしました。 高校では、そこにいる全員が皆音楽に真剣に取り組んでいる、という環境を初めて経験しました。ただ楽しむだけでなく、皆が「上手くなりたい」と切磋琢磨している競争社会ともいえます。その中で私も負けたくないという思いが強く、一生懸命練習を重ねました。 高校卒業後は上京して音大に進学。ここで良い意味で打ちのめされました。高校では一番でしたが、大学ではもっとスゴイ人、キャラクターが立っている人がたくさんいたのです。この環境の中で、私も技術を高めていきたいと思い、日々必死で練習しました。 大学時代は、クラシックの発声をみっちり勉強しました。実は、大学1年生のときジャズとかポップスにも手を出そうとして、クラシックとは異なるボーカル発声をやってみたとき、声楽の先生にすごく怒られたんです。このときに、まずはこの4年間はしっかりクラシックの技術を高めようと決めました。 大学卒業時の進路はすごく迷ったのですが、「やっぱりジャズをやってみたい」という思いを捨てきれず、アルバイトで働きながらジャズの先生について学ぶことに。結局この生活を3年くらい続けました。周囲には音楽家として活動を始めている人もいたので、辛い気持ちもあった時期でしたね。 その後、2009年からジャズのライブ活動を始め、カフェのスペースやライブハウスで歌うようになりました。オリジナル曲を作ることもこの頃から始めました。自分でライブを企画し、バンドメンバーを集め、集客し・・・という経験を積んで現在に至ります。 また最近ではクラシックの活動を再開したことも大きな変化です。現在15人の女声コーラス「Regalo東京」にへ参加をしており、こちらでの活動も精力的に行っています。 ジャンルをまたぎクラッシック発声とポップス発声を両立させることは難しいこともありますが、どちらの要素も深めることに歌い手としての充実を感じます。

●音楽にたずさわってきて感動したこと

いちばん感動したのは、自分が出演したライブで、「聴いているお客さんの心をつかめた」と感じた瞬間です。そんなことが本当にあるとは思っていなかったのですが、あるライブで「お客さんの心が見える」「伝わった」と確信をもてた瞬間があったんです。そんなにしょっちゅう起きることではないのですが、年に数回このような素晴らしい体験をできています。

●講師を始めたきっかけ

バンドのメンバーがピアノを教えていまして、「教えることで、自分も教わることが多くあるよ」という話を聞いたことがきっかけです。人に教えることで、自分も学びを高められればいいな、と思って講師の仕事に挑戦することにしました。 日々のレッスンの中で、生徒さんができなくて私ができることに関して、「これは何故なんだろう? どうすれば生徒さんはできるようになるだろう?」と考えることで、自分の技術や伝え方も鍛えられていると感じます。

●講師業を行う上で、重要視しているところ、意識しているところ

その生徒さんの目線に立つことが大切だということ。「私にとっての歌」と「生徒さんにとっての歌」は、位置づけが人それぞれ違います。その人がどのように歌とたずさわっていきたいかを意識してレッスンするようにしています。

●講師を行っていて良かったと感じる瞬間とは?

生徒さんがレッスンを通して新たな発見をしてくれたときは、講師としてとても嬉しいです。

●生徒に伝えたいメッセージ

これから歌を習おうと思っている方には、まず「ラクに歌える喜び」を知ってもらいたいです。声楽は「声を楽しむ」と書きますが、私は自分の先生から「声を楽(ラク)に出す」と教わりました。のどがラクな状態で声が出せるとより楽しく歌えるのです。 音楽は聴くだけでも楽しいですが、自分らしく奏でられたらもっと楽しいもの。身近な存在である歌でそれを実感してほしいです。

●モア東京ボーカル教室の良いところとは

絶対的に「先生」。先生と生徒さんが作り出す空気がすごくいいと感じています。ライブイベントなどが充実しているところも魅力ですね。ライブイベントで生まれる素晴らしい一体感は、生徒さんに愛情をもって接している先生と、それに応えている生徒さんの関係があるからこそ成り立つのだと思います。

●近い将来の音楽家としても目標とは・・・

アーティストとして自分のオリジナル作品を残していきたいという思いがあります。ライブ活動にも力を入れていきたいですね。 もちろん講師としても、もっといろいろなことを学んでいきたいです。講師業は正直、こんなにハマると思っていなかったんです(笑)。それが、やってみると歌を教えることはとても楽しいし好きだということに気づきました。多くの人に歌う楽しさを知ってもらえるよう、教える力を磨いていきたいです。

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山田 麻由先生

山田 麻由先生

●音楽をはじめたきっかけ

小学校3~4年頃の夏休みに、当日の音楽の先生からNHKの合唱コンクールの予選を突破すれば、テレビに出られると言われて、練習をし始めました。これ時が、初めて真剣に歌った経験です。 そのときに歌が上手い、と言われたのがきっかけで、歌を好きになりました。(単純ですよね 笑) また、実家が宝塚歌劇団の近くにあったため、中学生になってから、宝塚を観に行くようになり、舞台の魅力にはまっていきました。「華やかなショーの世界」への憧れですね。 その後、地元のJAZZダンス教室に通い、初めてミュージカルに近い舞台を経験。 そして、高校2年生の時に、友人に誘われて、宝塚歌劇団を受けたのですが、最終選考で落ちてしまいました。背が小さいのが原因なのかなと・・・ そこで、スパッとあきらめます。 そこから、音大受験へ方針転換! 高校3年生夏前からピアノ・音楽理論・歌を猛勉強し、晴れて合格。 音大時代は、オペラをしっかり勉強しました。大学卒業後は、なんとなくオペラを続けていた時、阪神大震災が来て、「チャレンジしないで夢をあきらめてはいけない」と決意。 たまたま、レ・ミゼラブルのオーディションがあることを知り、初めてミュージカルのオーディションを受けたのです。そして、結果は・・・なんと合格! これをきっかけにその後は、年に2~3本のミュージカル舞台を経験してきました。

●講師を始めたきっかけ

ミュージカル舞台のかたわら、市民ミュージカルの講師を引き受けたのがきっかけです。 舞台の仕事を10年以上続けた頃、年齢と共に徐々に、私自身の思いと役柄や声質のギャップが出始め、このまま舞台の上でパフォーマーを続けていくのか葛藤し、悩んでいました。 しばらく考えた結果、「これからは、自分の経験を講師の仕事に生かしていこう」という結論に至りました。

●講師業を行う上で、重要視しているところ、意識しているところどのような思いで講師に取り組んでいるか

生徒さん一人ひとりの、その日の気持ちに合わせて、「楽しい」という瞬間を提供できるように心がけています。 上達だけが目的でなく、エンジョイでも、ストレス発散でも、お話をするでも、そこに「楽しさ」があればよいと考えています。

●講師を行っていて良かったと感じる瞬間とは?

あまり音楽に触れてこなかった生徒さんが音楽を通して新しい発見をしたり、徐々に上達していったり、という課程を観られることが私自身の喜びに繋がっています。 生徒さんとのレッスンは、日々新たな発見の連続です。これまでずっと音程が取れなくて悩んでいた方が、取れる瞬間の喜びや驚きは凄いんですよ!


山田 麻由先生

●生徒に伝えたいメッセージ

歌の世界に踏み出すと、いろんな世界が待っていますし、新しい発見があります。 一緒に楽しみましょう!

●モア東京ボーカル教室の良いところとは

技術力はもちろんのこと、人間的にも素晴らしい先生がそろっている! アットホームで、生徒さんと教室の関わりが深いのが良いと感じています。 人と人とのコミュニケーションを取るスタイルがある教室だと思います。 姉妹校も含め、先生と生徒の交流だけでなく、生徒同士の交流があるところもよいですね。

●近い将来の音楽家としての目標とは・・・

私自身の活動としては、LIVEや歌を通して聴く人「気持ち」を届けていきたいと思います。 そして、生徒さんをいろんな形でパフォーマーにしていくサポートをしたいです。 必ずしもプロではなく、趣味の歌でも十分にパフォーマーにはなれると思うのです。

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五十嵐恵美先生

五十嵐恵美先生

●音楽をはじめたきっかけ

音楽に初めて触れたのは、小学生のとき。実家にピアノがあったのがきっかけです。ピアノ歴は意外に長く、小さい時から続けていました。一方、歌はというと・・・、とても恥ずかしがりやの私にとって、人前で歌うなど音大受験まで、まったく縁遠いものでした。 ですから、昔の友人は、私が歌を職業としているなど、まったく想像ができないと思います。 小学生のころから音楽の先生になりたいと思いはじめ、音楽の先生になるための大学には、歌が必要だと気づき、本格的に勉強をはじめました。当時の先生に「あなた、歌の素質があるわよ」と言われたこともきっかけのひとつです。 歌の練習はとても楽しく、歌の練習を続けていた高校の時、海外研修でニューヨークへ行き、その時に観た「ミュージカル レ・ミゼラブル」に感動を覚え、音楽の道に進もうと覚悟を決めました。このときの感動が私の音楽の原点です。

●講師を始めたきっかけ

昔から音楽教師になりたいと決めていたので、どのような形でも「人と音楽」を交えて関わっていきたいのです。 音楽を通して、その人が元気になったり、毎日が充実したりするのが嬉しいです。

●講師業を行う上で、重要視しているところ、意識しているところどのような思いで講師に取り組んでいるか

生徒さんの悩みに答えられるように考えています。 技術的なことやメンタル面も含め、少しでもサポートしていきたいと思っています。 ですから、日々、自己成長ができるようにしています。

●講師を行っていて良かったと感じる瞬間とは?

いろんな人に出会えることがとても嬉しく感じます。



五十嵐恵美先生

●生徒に伝えたいメッセージ

厳しい舞台稽古のあとの達成感、舞台に立つまでの稽古は苦しいことも多いですが、舞台を終えたときの充実感は何物にも代えがたいです。先日も、旅公演にて小学校で唄う機会があったのですが、子供たちがとても感動してくれて、こちらもすごく感激しました。 ですから、生徒さんもLIVEや発表会で、精一杯練習をして、一緒に充実感と感動を共有しましょう!

●モア東京ボーカル教室の良いところとは

人がとても良いところが 良い! とっても素晴らしい先生陣が揃っています。 講師の実力もありつつ、人間的に素晴らしい人が集まっているので、本当にオススメです。

●近い将来の音楽家としての目標とは・・・

声楽家として・・・ 新しいことにチャレンジしていきたい。 オペラ歌手として、更なる鍛錬とレベルアップをしていこうと日々感じています。

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磯辺 絢子先生

磯辺 絢子先生

●音楽をはじめたきっかけ

小さいころから音楽が好きだったのですが、親が大反対。 しかし、なんとか両親を説得し、高校から趣味として音楽を習い始めました。 そのころは、ミュージカルをやりたくて、音楽教室で声楽を始めました。最初は、「基礎だから仕方なく」とクラシックを嫌々でやっていたのですが・・・、高校の終わりに出た発表会でクシックを演奏した時、もの凄い充実感に心を打たれ、そこから「私はクラシックでやっていこう!」 と決めたのです。 ただ、音大受験の際も・・・・ 両親が大反対。 渋々、普通の大学に進学したのですが、自分自身の中で納得がいかず、その時に習っていた先生に家族を説得してもらい、音楽の世界へと本格的に進めることになったのです。 そして・・大学を辞めて、数年間は猛勉強。 晴れて東京芸大に合格しました! これだけの紆余曲折があっただけに、大学でも様々な音楽活動に取り組むことができ、とても楽しく充実した4年間を過ごすことができました。卒業後、数年間の実務を経験しつつ、講師業と共に演奏活動を続けています。

●講師を始めたきっかけ

ちょうど講師をやりたと思っていた時に、 五十嵐先生から紹介を受けて、この教室で教師を始めました。

●講師業を行う上で、重要視しているところ、意識しているところどのような思いで講師に取り組んでいるか

レッスンの際に、あまり緊張感を与えず、リラックスして「カラダ」から良い声が出るような雰囲気作りを心がけています。講師が怒っても、生徒さんが上手くなるものではないので、楽しく、和やかな雰囲気でレッスンを受けてもらうことを第一に考えています。そして、現在も私自身師匠につき、レッスンを受けています。学ぶことはまだまだ沢山ありますので…

●講師を行っていて良かったと感じる瞬間とは?

私自身が体調を崩した時、生徒さんからお気遣い頂いた時には、本当に感激しました。レッスンを通して、生徒と講師である以上に、人間同士としての繋がりができたことをうれしく思っています。生徒さんそれぞれの生活を感じ、いろんな方々と出会えることが、自分自信の成長にも繋がっています。


●生徒に伝えたいメッセージ

磯辺 絢子先生
あまりあせらないこと。 一つ遠くの目標を創り、それに向かう今自分が出来る範囲の近くの目標を創る。 そして、徐々にその遠くの目標に向けて、前に進んでいってほしいと感じます。 歌は、徐々に上達をしていくもの、「いますぐ・いますぐ」と思いすぎると挫折してしまうので、それよりも気長に続けていくことを意識してほしいと思います。 やはり、カラダの楽器を仕上げていくのですから、自分自身のカラダと向き合っていくことが大切だと、私自身も長年のレッスン経験を通して感じています。

●モア東京ボーカル教室の良いところとは

たくさんあるのですが・・・ 先生のジャンルが幅広くて、いろんな音楽を学ぶことができる POPSもJAZZ、ミュージカル、クラシック、オペラから歌謡まで…これだけ多くのジャンルに対応出来るところは、なかなかないと思います。後、講師と生徒さんとの距離が近いのも、魅力的だと思います。

●近い将来の音楽家としての目標とは・・・

演奏活動を定期的にしていきたいです。 観ている方との距離感が近い小さい場所で、好きなジャンルの音楽を演奏することを増やしていこうと決意しています。

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