第6回 社会の変化と新しい表現の模索(1960年代)~ミュージカル史~
ブロードウェイの黄金期を支えたロジャース&ハマースタインの流れを継ぎながらも、1960年代のアメリカ社会は急速に変化していきました。戦後の楽観的な空気から、ベトナム戦争、公民権運動、ヒッピー文化の台頭といった現実の重さが押し寄せ、人々の意識も変わっていきます。ブロードウェイもまた、その時代の空気を取り込み、より多様で実験的な作品を生み出すようになりました。
この時代は「古典的ミュージカルの完成」と「新しいスタイルの萌芽」が同居した、きわめて重要な過渡期でした。
『屋根の上のヴァイオリン弾き』(1964)―家族と信仰、時代の変化
1964年に初演された『屋根の上のヴァイオリン弾き』は、ユダヤ人の一家が激動の時代に直面する姿を描きました。ロシアの小さな村で暮らす主人公テヴィエは、家族を愛しながらも伝統と時代の変化の間で揺れ動きます。
「もし金持ちだったなら(If I Were a Rich Man)」など親しみやすい楽曲に乗せて描かれるのは、誰もが共感できる“家族を守りたい”という普遍的な想い。コミカルな表現を交えながらも、最後には迫害により故郷を追われる結末は、観客に強い印象を残しました。
この作品は、ミュージカルが単なる娯楽を超え、「歴史や社会を語る舞台」へと進化していく重要な転換点となりました。
『ハロー・ドーリー!』(1964)―スターシステムの時代
同じ年に生まれた『ハロー・ドーリー!』は、明るく華やかな音楽と大掛かりな演出で観客を魅了しました。この作品は「誰が演じるか」が大きな話題となり、バーブラ・ストライサンドをはじめ、数々のスター女優が主演を務めました。
この流れは「スターシステム」と呼ばれ、特定の俳優の存在感が作品そのものの成功を左右する傾向を強めました。ミュージカルが“俳優ありき”で制作されるスタイルは、今日のブロードウェイや映画ミュージカルにもつながっています。
『キャバレー』(1966)―社会批判と大人のエンターテインメント
1966年に登場した『キャバレー』は、それまでのブロードウェイに比べて圧倒的に大人向けの作品でした。舞台は1930年代のベルリン。ナチス台頭直前の不安定な社会の中、ナイトクラブを舞台に繰り広げられる人間模様を描きます。
「Wilkommen(ようこそ)」に始まるナンバー群はジャズやシャンソンの要素を取り入れ、妖艶で退廃的な雰囲気を作り出しました。華やかさの裏に潜む社会批判――それこそが『キャバレー』の革新であり、後の社会派ミュージカルの先駆けとなったのです。
『ファニー・ガール』(1964)―スターの誕生とポップカルチャー
同時期に上演された『ファニー・ガール』は、伝説的なコメディエンヌ、ファニー・ブライスの半生を描いた作品。主演のバーブラ・ストライサンドが一躍スターダムにのし上がり、「People」などの名曲は彼女の代名詞となりました。
この作品は、ブロードウェイとポップカルチャーの境界を曖昧にし、ミュージカルの音楽がラジオやレコードを通じて世界中に広がる流れを決定づけました。
『ヘア』(1967)―ロックミュージカルの誕生
1960年代後半、アメリカ社会を揺るがしたのがヒッピー文化と反戦運動でした。『ヘア』はその時代精神を真正面から舞台に取り入れた革新的な作品です。サイケデリックな演出、全編を彩るロックサウンド、自由や反戦を叫ぶ歌詞――従来のミュージカルとはまったく異なる表現でした。
代表曲「Aquarius(輝く星座)」や「Let the Sunshine In」は、舞台を越えてポップスとしてヒットし、社会運動のアンセムにもなりました。『ヘア』はミュージカルが“時代の声”そのものであることを証明したのです。
技術革新と舞台演出の進化
1960年代は作品内容だけでなく、舞台演出の面でも革新が進みました。
- 照明ではスポットやカラーフィルターが導入され、光で観客の視線を操作する技術が向上。
- セットでは回転舞台や精緻な大道具が用いられ、映画的な場面転換が可能に。
- 俳優の発声も大劇場を意識して進化し、後にマイク導入へとつながっていきます。
こうした技術革新は、観客に“よりリアルで没入感のある舞台”を提供する基盤となりました。
1960年代の意義
総じて1960年代のミュージカルは、伝統と革新がせめぎ合う時代でした。
- 『屋根の上のヴァイオリン弾き』に見られる家族愛や伝統のテーマ
- 『キャバレー』の社会批判的視点
- 『ヘア』のロックサウンドと時代精神
こうした多様な表現が同時期に生まれたこと自体が、この時代の豊かさを物語っています。
そして1960年代に培われた実験精神は、1970年代以降のスティーブン・ソンドハイムによるコンセプトミュージカルや、1980年代のメガミュージカルへとつながっていくのです。








