【ミュージカル曲コラム】『Oh, Pretty Woman』プリティウーマン/Pretty Woman: The Musical 歌い方・歌 上達法 歌詞・曲の意味
【曲名】Oh, Pretty Woman
【演目】プリティウーマン/Pretty Woman: The Musical
【演目について】
Pretty Woman: The Musical は、1990年公開の同名映画を原作にしたミュージカル作品で、2018年にブロードウェイで初演された。音楽はロック・ポップ界を代表するBryan Adams、作詞はJim Vallanceが担当し、脚本は映画版と同じJ.F. Lawtonが手がけている。映画の世界観を尊重しながらも、舞台ならではの表現へと再構築された点が本作の大きな特徴である。
物語は、ロサンゼルスを舞台に、娼婦として生きる女性ヴィヴィアンと、企業買収を生業とする冷徹な実業家エドワードの出会いから始まる。偶然の出会いによって結ばれた一週間の契約関係は、当初は互いに割り切った利害関係にすぎなかった。しかし、時間を共に過ごす中で、二人はそれぞれが抱えてきた孤独や価値観の歪みに向き合わざるを得なくなっていく。ヴィヴィアンは社会の周縁に置かれてきた自分の立場を見つめ直し、エドワードは成功と合理性を最優先してきた生き方そのものを問い直していく。
シンデレラ・ストーリーの構造を下敷きにしながらも、ミュージカル版では「救われる物語」ではなく、「自ら選び取る物語」として描かれている点が重要である。ヴィヴィアンは誰かに引き上げられる存在ではなく、自分の尊厳と人生の主導権を取り戻そうとする主体的な人物として描写され、エドワードとの関係も上下関係ではなく、対等な人間同士の関係へと変化していく。
音楽面では、従来のブロードウェイ・ミュージカルに多く見られるクラシカルな書法とは異なり、ロックを基調とした現代的で力強いサウンドが全編を貫いている。ギターを前面に押し出した楽曲や、ポップス的なリズム感は、物語の舞台である現代アメリカの空気感を強く反映しており、登場人物たちの感情や葛藤を直接的に観客へ伝える役割を果たしている。
本作は、映画の名場面やイメージに安易に依存するのではなく、舞台作品としての独立性を明確に打ち出したミュージカルである。ロマンティックな娯楽性を保ちながらも、現代的な価値観や社会的視点を織り込み、映画ファンとミュージカル観客の双方に向けて、新たな「プリティ・ウーマン像」を提示した作品といえる。
【曲について】
Oh, Pretty Woman は、1964年にロイ・オービソンが発表した世界的ヒット曲であり、映画『プリティ・ウーマン』のタイトルの由来にもなった象徴的な楽曲である。その知名度と影響力の大きさから、ミュージカル版でも使用されていると誤解されがちだが、Pretty Woman: The Musical のブロードウェイ公演において、この楽曲は通常の劇中ナンバーとしては用いられていない。舞台版は、ブライアン・アダムスとジム・ヴァランスによる新たなオリジナル楽曲群を中心に構成され、映画のイメージから距離を取り、独立した音楽世界を築くことが意図されている。
一方で、日本初演・ツアー公演においては、この「Oh, Pretty Woman」がカーテンコールで演奏される演出が採用された。これは物語を進行させるための楽曲ではなく、終演後に観客と作品世界を再び結びつけるためのサービス的、象徴的な使用である。劇中では封印されていた映画の記憶を、物語の完結後にあらためて提示することで、観客に強い余韻と親しみを残す役割を果たしている。このように「Oh, Pretty Woman」は、ミュージカル本編の外側で作品を象徴する楽曲として位置づけられている点に特徴がある。
【歌唱ポイント、アプローチ】
Oh, Pretty Woman を日本語歌詞で歌唱する際に最も大切なのは、「張り上げない」こと。この曲は非常に有名ですが、パワーバラードではなく、声量で押し切ると途端に野暮に聞こえてしまいます。サビの〈プリティ・ウーマン〉も、強く出すべきなのは声そのものではなく、リズムの推進力です。音量は mf〜f 程度で十分であり、色気は声の大きさではなく、余裕から生まれます。
リズムは8ビートですが、前に乗りつつも走らないことが重要です。日本語は母音が伸びやすいため、母音をだらけさせず、子音をやや前に出す意識が必要になります。ドラムのスネアを背中で感じるような感覚(「リズムを“追いかけないで”、後ろから“押してもらう”感じ」)を持ち、拍の中で遊ぶことで、軽やかなノリが生まれます。
日本公演のカーテンコールで使用された日本語歌詞は、城田優が翻訳に携わっており、その完成度の高さも特筆すべき点です。英語歌詞の意味をなぞるだけでなく、原曲が持つ音の跳ね方や言葉の響きのニュアンスを、日本語でも同様に感じられるよう配慮されている点が秀逸です。そのため歌唱においても、声を作り込まず、リズムと「間」を大切にしながら、余裕のある自然な声で歌うことが、この楽曲の魅力を最も引き出す歌い方だと言えるでしょう。









