第3回 実例で学ぶリズム ― 『オン・マイ・オウン』を題材に
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全3回にわたってお届けしてきた「歌に役立つリズム講座」、いよいよ最終回です。
今回は実際の楽曲を題材に、リズムと歌詞の関係を掘り下げていきます。取り上げるのは、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の名曲「オン・マイ・オウン(On My Own)」。多くの生徒さんが挑戦する人気曲でありながら、リズム面での大きな壁が待ち構えている楽曲です。
言葉のアクセントと音楽のリズム
まず押さえておきたいのは、日本語の歌詞と西洋音楽のリズムは必ずしも一致しないという事実です。英語を基盤に作曲された楽曲では、言葉の強弱(アクセント)と楽譜上の強拍・弱拍がずれてしまうことがよくあります。
「オン・マイ・オウン」の冒頭、日本語訳では「また私ひとり 行くところもないわ」と歌われます。
このとき、多くの方が 「私」や「ひとり」に強調を置きたくなるのですが、実際の楽譜上では別の位置に強拍があり、休符も存在します。結果として、歌詞のアクセントと音楽のリズムがずれ、違和感や歌いにくさにつながるのです。
よくある間違いパターン
レッスンの現場で特によく見かけるのは次のような間違いです。
1. 休符を無視して入りが早くなる
本来は「休み」を取るべきところを待てずに、言葉を早く発してしまう。
2. 日本語の強調に引っ張られる
「私」「ひとり」といった日本語的に意味が強い語を強拍に置きたくなり、楽譜からずれてしまう。
3. 伴奏に合わせきれずテンポが揺れる
ピアノやオーケストラ伴奏が刻む拍と自分の歌が噛み合わず、走ったり遅れたりしてしまう。
いずれも「耳で覚えてしまった」ことが原因であることが多く、耳頼りの学習ではなかなか修正がききません。
楽譜に立ち返ることの重要性
こうした問題を解決する一番の近道は、楽譜に立ち返ることです。楽譜には「どこで休むのか」「どの音符を伸ばすのか」「どこにアクセントを置くのか」がすべて記されています。目で確認し、正確に声に出す練習を繰り返すことで、言葉と音楽のズレを客観的に直すことができます。
また、楽譜を見ることで「なぜ歌いにくいのか」という理由が明確になります。単に「リズム感が悪い」のではなく、「16分音符1つ分だけ後ろにずれている」と具体的に把握できれば、修正は一気に現実的になるのです。
練習法1:音を外してリズムだけ読む
おすすめの練習は、メロディーを歌わずにリズムだけ声に出すことです。
• 楽譜を見ながら「タ・タ・ターン」と音符の長さを声にする
• 休符の部分では必ず「休む」ことを意識する
• メトロノームをBPM60や80に設定し、一定の拍に乗せて読む
音程を外すことで「いつ声を出すか」「どこで止まるか」に集中でき、リズム感覚が磨かれます。
練習法2:伴奏と合わせる前にカウントを入れる
いきなり伴奏に合わせると、テンポに振り回されがちです。まずはカウントを声に出しながら歌うことをおすすめします。
「1・2・3・4」のカウントを口に出し、そこに歌詞を当てはめると、どこで休みを取るのか、どの拍で声を出すのかが明確になります。慣れてきたら伴奏に合わせ、最後にカウントを頭の中だけで感じながら歌えるようになると安定します。
練習法3:日本語のアクセントを整理する
日本語の歌詞を歌うときには、日本語本来のアクセントと音楽的なアクセントのどちらを優先するかを整理することが必要です。
「オン・マイ・オウン」では、言葉の自然さを完全に優先すると音楽から外れてしまいます。一方で楽譜に忠実すぎると、日本語が不自然に聞こえる場合もあります。そこで大切なのは、音楽の強拍を基本にしつつ、日本語の意味を壊さないバランスを探ることです。
これは一朝一夕で身につくものではありませんが、録音を聞き返しながら調整することで、確実に成長していきます。
楽譜を読む力が歌を変える
ここまでの練習を通じて、改めて実感していただきたいのは「楽譜を読む力」の大切さです。耳だけで覚えていたときには気づかなかった休符やアクセントの位置が見えるようになり、歌の説得力が大きく変わります。
「オン・マイ・オウン」のような難曲は、言葉とリズムのズレに悩む人が多いですが、それを乗り越える経験は他の曲にも必ず役立ちます。楽譜を読み解き、リズムを体感し、歌詞のアクセントとどう折り合いをつけるかを考えること。それ自体が、歌う人にとって大きな財産となります。
まとめ
第3回では、
• 日本語のアクセントと音楽的リズムのズレ
• よくある間違いパターン
• 楽譜に立ち返る重要性
• 実践的な練習法(リズム読み、カウント、アクセント整理)
を解説しました。
3回にわたるコラムを通じてお伝えしたかったのは、「リズムは曖昧な感覚ではなく、理解と練習で確実に身につく技術」だということです。楽譜を読むことは難しい特技ではなく、歌をもっと自由に表現するための「道具」です。
ぜひ今回の内容を参考に、ご自身の歌の中でリズムを見直してみてください。新しい発見や表現の幅が、必ず広がるはずです。
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