音楽&歌に役立つコラム

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第4回 ボイストレーニング 表現力の完成 ― 声と感情のリンク~ミュージカル視点でみると・・・

歌唱において最終的に問われるのは「どれだけ感情を伝えられるか」です。どんなに高音が出ても、どれほど声量が大きくても、そこに感情が宿らなければ聴き手の心は動きません。

 

声帯の構造や厚みと薄さのコントロールを学んできた私たちは、いよいよ技術を「感情表現」に結びつける段階に入りました。本稿では、声と感情の関係を具体的に探りながら、表現力を磨く方法を紹介します。


喜怒哀楽を超える「感情の色」

 

感情表現というと、まず思い浮かぶのは喜び・怒り・悲しみ・楽しみの四つでしょう。しかし実際の音楽では「切なさ」「希望」「不安」「決意」など、もっと微細な感情を表現する必要があります。

 

たとえば「切なさ」を出したいときは、裏声寄りの薄い声に少し息を混ぜると、儚さが生まれます。「希望」を伝えるなら、明るい母音を使い、声帯をやや厚く閉じて力強さを込めるとよいでしょう。「不安」なら息を多めに流し、声を震わせる。逆に「決意」は厚い閉鎖と鋭い子音で力を前面に押し出します。

 

このように、感情ごとに声帯接触と息のコントロールを組み合わせることで、同じ旋律でもまったく違う意味を帯びるのです。


舞台での実例 ― ミュージカル歌手のアプローチ(前後入れかえ)

 

一方、ミュージカルの舞台では、観客に物語を伝えるために「台詞の延長としての歌」が求められます。ある女優は、愛する人を失った場面で、意図的に息を多く混ぜ、声をわずかに震わせて歌いました。その瞬間、観客席には緊張が走り、誰もが彼女の感情を共有したのです。

 

別の場面では、主人公が決意を固める歌で、胸から押し出すような厚い声を使い、最後の言葉を鋭い子音で切り上げました。その一瞬で舞台全体が引き締まり、物語が大きく動いたことを観客に伝えました。

 

このように、舞台での感情表現は声帯操作そのものと直結しています。


レコーディング現場での工夫

 

スタジオ録音ではマイクが声のニュアンスを細かく拾うため、大げさな表現よりも繊細なコントロールが重視されます。喜びの表現でも力強さより「笑顔の響き」を声に乗せることが重要です。実際に口角を上げて歌うだけで、声の響きは明るさを帯びます。

 

逆に悲しみや内省を表すときは、声量を抑え、息を流す比率を増やすとマイクを通しても柔らかさが残ります。現場のエンジニアは「声の表情」を捉えることを最も大切にしています。つまり、表現のためには歌い手が自らの声色を自在に操る必要があるのです。


感情表現と身体の関係

 

感情表現は声帯操作だけでは成立しません。身体の姿勢や筋肉の使い方も影響します。怒りを表すときは胸を張り、体幹を使って声を押し出す。悲しみでは肩を落とし、呼吸を深くしすぎないことで弱々しい響きを作る。感情が身体を通して声に反映されるのです。そのため、発声練習と同時に「身体からの動き」を取り入れると表現力は格段に向上します。


練習法

  1. 感情単語発声
    「ありがとう」「ごめんなさい」「やめて」を喜び・悲しみ・怒りの感情で言い分けます。声帯の厚さや息量の違いを体感できます。
  2. 感情のスペクトラム練習
    「希望」「不安」「切なさ」「決意」など微細な感情を設定し、それぞれに声色を割り当てて発声します。
  3. 朗読から歌へ
    歌詞をまず朗読し、その感情を台詞として伝える。その後、同じ言葉を歌に乗せます。朗読と歌唱の差を意識することで、声に感情を乗せる感覚が磨かれます。
  4. 日記朗読法
    自分の日記や思い出を声に出して読み上げ、そこに旋律をつけてみます。自分の感情を素材にすることで、表現が自然に深まります。
  5. セルフレビュー
    歌を録音し、声帯の厚さ・息量・感情の方向性をメモに残して分析します。感情が声にどの程度反映されているかを客観的に知ることができます。

まとめ

 

歌は音程の正確さだけでは成立しません。感情を声に乗せることで初めて聴き手の心に届きます。喜怒哀楽だけでなく、切なさや希望、不安や決意といった微細な感情まで声色で表現する。そのためには声帯の厚さや息の量をコントロールし、身体の姿勢や演技的要素を組み合わせることが不可欠です。

 

声帯の構造理解、厚みと薄さのコントロール、アーティストからの学びを経て、最終的に感情表現に結びつける。この一連のプロセスを経ることで、歌は単なる音の連続を超え、人を動かす音楽芸術となります。


第1回 ボイストレーニング 見えない楽器を知る ― 声帯と発声の基本構造

第2回 ボイストレーニング 歌声をデザインする ― 厚みと薄さのコントロール

第3回 ボイストレーニング アーティストに学ぶ ― Adoの歌唱分析

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