ボーカル講師 対談インタビュー:絵馬優子トレーナー

舞台の上で、人を感動させたい…。そんな強い気持ちをもって、前に進んできました。

 音楽をはじめたきっかけ

私がまだ小さかった頃から、父がよく映画に連れて行ってくれたことを覚えています。父と一緒に観た『サウンド・オブ・ミュージック』や『メリー・ポピンズ』などのミュージカル映画、そして母が口ずさむ越路吹雪や江利チエミなど(笑)。音楽に親しみながら育ったことで、私はすっかり歌うことが大好きな子供になっていました。小学生のときには、お友達と即席ステージをつくってみんなに歌を聞かせたり、中学生のときにオーディションを受けたり、高校生になってからはロックやジャズを歌ったり。そんな風に、ずっと「歌うこと」を楽しんでいたものの、私が高校卒業後の進路に選んだのは、美術系の短期大学でした。

ここまでは今の私は存在しないわけですが。転機になったのは、唐十郎さんの舞台。私は、「こんな世界があったのか!」と、もの凄く衝撃を受けて、「私も舞台の上で、人を感動させたい」と、強く思った記憶があります。短大を卒業した後、一度は企画・デザインの仕事に携わったものの、やはり自分の気持ちをどうしても抑えられなくて。就職した会社に半年で辞表を出し、家族には「女優になります」と宣言して、家出同然の状態で上京してきたんです。

ボーカル講師(ボイストレーナー)をはじめたきっかけ

通っていた短大が太秦映画村の近くにあったものですから、学生時代には何度かエキストラのアルバイトをしたことがありました。とは言え、何のコネやツテもないままに上京し、それでも若さと情熱でオーディションを受け続けた結果、いくつかのテレビドラマに出演する機会に恵まれました。そして、実際に画面を通して自分の姿を確認したとき、「映像向きではないな」と気づいたんですね(笑)。家族からも、「絶世の美女か、強烈な個性がなければ、大女優にはなれない」と言われていましたし、それならば、自分の一番得意な「歌」を頑張ろうと。ボイストレーナーとしては褒められた言い方ではないかも知れませんが、それこそ「血を吐くくらい」練習をして、とにかく前へ、前へ、という感じで、自分の歌に磨きをかけてきました。

市村正親さんの舞台に魅了され、劇団四季の研究生として活動した時期があったり、ライブのステージで歌うことがあったり。東宝ミュージカル『レ・ミゼラブル』(ファンティーヌ役)『サウンド・オブ・ミュージック』『香港ラプソディー』(宮本亜門 演出)『青空のある限り』『ロス・タラントス』『阿国』(栗山民也 演出)など、十数年ミュージカル俳優業を中心に生活を送っていたあるとき、ライブにいらしたお客さまの1人が、私に「歌を教えてください」とおっしゃったんです。そうして、マンツーマンのボーカルレッスンがはじまって、生徒さんが1人、また1人という感じに増えていった感じなのですが、私が生徒さんにお伝えできるのは、どうしても自分で経験してきたことに限られてしまうんですね。そのため、「教えることをよりレベルアップする」という意味も含めて、モア東京ボーカル教室でお世話になりたいと思ったんです。

講師(ボイストレーナー)業を行う上で重要視しているところ

モア東京ボーカル教室には、プロを目指す方、趣味で歌われている方、年齢も生活スタイルもさまざまな生徒さんが通われています。生徒さんの多くが、月に2回のレッスンですから、「お久しぶり」という挨拶からレッスンがスタートすることも少なくありません。そのため、私は生徒さんと向き合うとき、いつも「やわらかな心」でいたいと思います。「この教え方しかできません」というのではなく、生徒さんのコンディションに配慮しながらレッスンをする、と言いますか。「最近どう?」といった会話から、その日の雰囲気や、小さな変化を感じ取って、お1人お1人にあわせたアドバイスをさし上げたいと思います。また、1回のレッスンで、何かしらの「おみやげ」を持ち帰っていただけるように、必ず生徒さんの良いところを見つけて、お伝えするようにしています。

ボーカル講師(ボイストレーナー)を行っていて良かったと感じる瞬間は?

私がモアのボーカル講師になって、もう3年目になるでしょうか。初めてお会いしたときは大学生だった生徒さんが、就職して社会人になられたりして。それでも夢を捨てきれず、「プロを目指したい」と、相談を受けることもあります。そんなとき、私はいつも「やりたいならば、やってみれば?」という感じで、決してプロになることを勧めるようなことはしません。それでも、モアが開催するライブのステージで、生徒さんが輝いている姿を見ると、いつも本当に感激してしまいます。生徒さんの中には、感極まって泣き出してしまう方もいらっしゃるのですが、私も一緒になって涙を流してしまいます。生徒さんから、「声が出やすくなりました」「ありがとうございます」と声をかけていただいたときは嬉しいですし、みなさんの成長に少しはお手伝いが出来ているのかな、と。生徒さんにも感謝、モアで教えさせていただいていることにも、日々感謝です。

ボーカル教室の生徒さんに伝えたいメッセージ

私たちの声は、世界に1つだけの、自分だけの楽器ですから、アスリートと同じように、歌うための「体づくり」がスタート。しっかり寝て、しっかり食べる、という基本的なことがとても大事です。そうして、自分の声がきちんと出るようになってはじめて、自分のオリジナリティであったり、個性をプラスしていくわけなんです。私自身、若い頃にはハスキーボイスに憧れて喉を酷使したり、人前で自分の思っていることを話せなかったり、その他にもいろいろと「挫折」を経験しました。でも、年齢を重ねた今思うのは、落ち込んでいる時間がもったいない、ということ。出来ないのが当たり前、ゼロからのスタートだと思えば、何も怖いものはありません。モア東京ボーカル教室にいらして、レッスンのブースにお入りになったら、ご自分らしくイキイキと、歌の世界を表現していただきたいと思っています。

モア東京ボーカル教室のよいところは

モア東京ボーカル教室に応募したとき、私の中では「ダメ元で」という気持ちがありました。そんな私を、心の広い校長が拾ってくださり(笑)、先輩トレーナーにご指導をいただきながら、ボーカル講師を続けてくることができました。モアには、いろいろなジャンルで活躍するトレーナーが在籍していて、普通に生活していたら出会えない方と情報交換ができるので、本当に勉強になります。また、校長をはじめ、先輩トレーナーも、新人トレーナーも、「みんな平等、みんな仲間」というスタイルも、モアならではのステキな考え方。トレーナー陣はみなさん、ずっと現役で活躍し続け、苦労を知っている方ばかりですから、自然とお互いを認め合い、リスペクトし合っているんですね。だからこそ、それぞれがプロとしての自覚を持って、自分のレッスンに集中することができる。こうしたモア東京ボーカル教室の「よい雰囲気」というのは、きっと生徒さんにも伝わっているのではないでしょうか。

近い将来の音楽家としての目標は…

私は、今もライブのステージに立つことがあって、時にはシャンソンを歌うこともあります。まるでお芝居のように、ささやいたり、語りかけるように歌うシャンソンの独特な世界観を表現することは、難しくもあり、とても楽しいものです。と、そんな私が密かにあたためているのが、歌と歌をストーリーでつなげ、ステージの最初から最後まで1つの物語になっているような、そんな舞台をつくること。1970年代に活躍された歌手・ちあきなおみさんをご存知でしょうか。私は、彼女が伝説の女性ジャズシンガー、ビリー・ホリデイを演じた舞台に感銘を受けて、いつか自分もそんな舞台をつくり上げたいと思っているんです。